探針

ものの見え方をふやしたい

共犯をもう一度

秒速5センチメートル』を初めてみたのは2018年の正月の夜中、祖父の家で見た記憶がある。『君の名は。』が地上波で初放映されるからその広告として放映されていたのを見た。ネットの評判通り確かに面白かった。ハッピーエンドから程遠い物語をどこかで求めていた心境にも相まっていたように思う。

肝心の『君の名は。』は矛盾だったり気になるところがひっかかってあまり楽しめなかった。細かいことを覆うほどのおもしろさはなかったというか。

それから1年と数ヶ月が経って、『天気の子』のテレビCMを見た。天気を晴れにできる少女がなんでもない少年にその能力を見せる理由がわからないのと、天気がテーマでおもしろくなるのか?(『君の名は。』の想定を超えた成功からくるプレッシャーでどうにかなっちゃったか?)という疑問を持ったので珍しく映画館へ出ることにした。

疑問はしっかり解消された。拳銃は「秘密」だし、見る回数をかさねて気づいたのは法外な力として天気の操作(雷に顕著)と拳銃は同質だから帆高と陽菜はその点では一致している。さるびあ丸で東京に着くときにレインボーブリッジの下を通っていたのに最後にはレインボーブリッジがほとんど水没していて、変化がわかりやすい仕掛けがしてあるところとか。

グランドエスケープのかかるクライマックスのために映画館へ12回以上足を運んだ。明らかに異常である。心の琴線に触れるものがあったからに違いなく、むしろそれを確かめるために、内側を知るために行っていたと今では分かる。

君の名は。』は世界の形が変わることを防ぐ物語である一方、『天気の子』は世界の形を大きく変えてしまう物語である。

帆高と陽菜にフォーカスして見ていく。

警察に追われて池袋のラブホテルに逃げこんだ帆高たちは、すぐに終わりがきてしまうことを自覚しながらも幸福な時間を過ごす。そして帆高は晴れを願ってしまい、陽菜の姿は消えてしまう。朝になり警察に捕まった帆高は陽菜より年上であることを知らされる。取調べを受ける直前に逃げ出し、会いたいひとに会いにいくために線路に侵入し、代々木の廃ビルで発砲する。人間社会での罪を重ねる帆高には傷と手錠が象徴として加わっていく。

廃ビルの屋上から彼岸に辿り着き、陽菜に彼岸から飛ぶように命令する。一度は両手を繋げられたものの、離れてしまう。自分が戻ることで晴れなくなってしまうと葛藤する陽菜に天気なんか狂ったままでいいと言い放ち、手を取り、手錠を通じて再びふたりは両手をつなぐ。帆高は陽菜に自分のために祈るよう促して、廃ビルに帰り着く。

取り返しのつかないことをなんとかして取り返そうともがき、傷つき、罪を重ね、与えた意味体系の無効化と罪の共有を通路として自然界から人間界へ連れ戻した。

それから3年間雨は降り続き、東京の風景を一変させた。逮捕され保護観察処分になるも高校を卒業して上京した帆高は世界を変えてしまったことについて陽菜になんと言えばいいか、わからずにいた。

そして再会した須賀や冨美といった大人たちは「世界はもとからこうだった」という物語を与えて帆高たちを免罪しようとしてくれた。

しかし帆高は与えられた物語で世界を変えてしまったやましさを解けるか見定められずにいた。なぜならその与えられた物語は「世界を変えてはいない」としているからだ。

実際のところ、変えたか変えていないかはわからない。ほんとうにわからない。罪の有無がわからないけれど、もしあった場合を鑑みるとわからないとも言えない。

神が罪に置き換わった倫理的なパスカルの賭けである。

雨の降る中水没した東京へ向けて祈る陽菜を目にした帆高は、陽菜が存在すら不確かな罪に誠実に、spontaneousに向き合う姿を帆高自身が自発的にそこに見出したことで、再帰的に自らのやましさをほどいたのである。


自分もつらいのに優しく送り出そうとする「大丈夫」は『天気の子』と『秒速5センチメートル』に存在している。警察が陽菜の家に来た時、帆高が補導されないように家に帰ったほうがいいと言ったものだ(ただ帆高はこれに「一緒に逃げよう」と返している)。『秒速5センチメートル』では「きっと貴樹くんは大丈夫だから」と個人の状態かつ別れの言葉になっている。君が言う通り僕が大丈夫だったとして、君は大丈夫ではない。ところで『天気の子』のラストシーンに桜が咲いているのが『秒速5センチメートル』を参照させる符牒になっている。

『天気の子』ラストでの「僕たちはきっと大丈夫」は個人の状態ではなく関係の状態である。

ここまで書いて急にわからなくなった。たぶんまだ実際にはここまで行きついていないのかもしれない。まだ実際には一人称複数の成立に行きついていないのかもしれない。とすると宇多田ヒカルの『Play A Love Song』に繋がっていくかもしれない。

Can we play a love song?