探針

ものの見え方をふやしたい

プレゼント

今年の1月2日の夜は東京湾の上で過ごした。竹芝客船ターミナルから出ている、さるびあ丸に乗船して伊豆大島へ日帰りで行った。正月で帰省してくる高校の知り合い(友人)一人と連れ立って「東京のラクダ」を見るためだ。

今までに見たことのある動物を思い出していた時、そういえばラクダは見たことがないのに気づいた。それなりにメジャーな動物なのに肉眼では見たことがない。その辺を散歩していたら盲点を突かれた。

ラクダにはヒトコブラクダフタコブラクダがいる。

近場だと神奈川県のズーラシアヒトコブラクダがいるが、都内では東京都立大島動物公園にだけ、それもフタコブラクダが、いる。上野動物園にはいない。脳裡にぼんやり思い浮かべたラクダはフタコブラクダだし、せっかくだから大島にいる「東京のラクダ」にした。

船に乗りたかったのも理由の一つではある。乗り物の功徳は乗っている間暇を持て余しててもいいことだ、とNTT ICCの展示解説にあったのを思い出した。

確かにもののみごとに暇を持て余したので、船の中をぶらぶらして、100円でレンタルできる毛布の中に挟まっている当たり券は客船ターミナルで使える商品券と交換できるという張り紙を見たり、自動販売機やレストランのラインナップで遊び回ったりした。自動販売機に缶の伊右衛門があったから買ってしまった。街中の小売ではまず見かけない代物で、独特の質感とパラレルワールドを感じる。実際の理由は積載できる重量上の利点からかもしれないけど。

出発した船舶は閉鎖空間ではあるけれど、甲板に上がって視界すべてがひらけた暗い海と暗い夜空で、船自体を除いた周囲数キロに人の気配がありえないのを実感するとむしろ落ち着く。ディーゼルの排気で少し暖まったりして、匂いが嫌になった頃に船内へと戻った。

レストランの向かって右奥の席で大したことのないきつねうどんを食べて、そのままヨタ話にスライドした。洋上の深夜のファミレスだ。ドリンクバーはないけれどレストランの中央に水のピッチャーだけある。ほっといてる適当さがいい。営業時間が終わっても話し込んでていい談話スペースになる。それから船内の受付でハズレの毛布を百円でレンタルして二等客室(椅子)で眠りについた。

伊豆大島には朝の6:00に到着するので、日の出前に起きる事になる。まだ夜の暗さを残したままの港で開いている店は一件もなく、ひっそりとしていた。レンタカー屋に向かうシャトルバスだけが呼び込みしていて、移動手段すら考えていなかった無計画極まりないわれわれは、渡りに船と乗り込んだ。しばし揺られてレンタカー屋に着いた。釣り客が多く、普通は予約して借りるので、そこでおそらく最後に貸しだされるであろうサビまみれの軽トラを借りることになった。ちゃんと動くし、ないより全然助かる。運転免許がないので連れに運転してもらう。ガソリンを満タンにして返せばレンタカー屋がバスで港まで送ってくれる。14:30に帰りの船が出るので余裕を持って1時間前の13:30には戻ることにした。

レンタカー屋に置いてあった地図とガイドを開いて、東北東に位置する動物園が開園するまでの当座の目的地を決める。島の中央上部北北西から、朝っぱらに開いている施設に御神火温泉という温泉があったので西のそこを経由して、島を反時計回りに一周することにした。

温泉に入って軽めの朝食をとっても、まだまだ時間がありあまっていた。食堂も正月特有ののんべんだらりとした時間が流れている。

南にある地層大切断面を流しつつ車を走らせ、島にある高校が視界に入ったとき、大島出身の高校生から直接聞いた話で、高校生はキョンを蹴って遊ぶらしい。なるほどキョン特定外来生物に指定されている。なんともいえない。

東から島の中央につづく「月と砂漠ライン」を通って裏砂漠に入る。国土地理院発行の地図に記載されている砂漠は伊豆大島の2か所「裏砂漠」「奥山砂漠」しかない。いい。表砂漠は地図にない。表と裏の基準もよくわからない。本土から見て三原山の表と裏かな。

また裏砂漠は砂漠と言われてイメージするもの(サハラ砂漠鳥取砂丘)とは結構異なっている。足元はさらさらした砂ではなく、手で包める大きさのスコリアという多孔質の火山岩で埋め尽くされている。色も黒っぽい。表だとか裏だとか、荒涼としてふきすさぶ風で植物もあまり生えていない地面は月面らしさもある。

島の端まで続くランドスケープも船の甲板で感じた信頼の距離を与えるが、より寄与しているのはこのスコリアである。たくさん空いた小さな孔が自然の吸音材として働いている。だから声を出してもすぐに音を吸われ、あとには風の音だけが残る。

天井と壁、床を楔形の柔らかい吸音材で覆った無響室では、音が跳ね返って耳に入らないため無限に広い空間にいると感じる。それと同様の感覚が裏砂漠でも起こる。写真では音の無さがわからないから、こればっかりは行かないと実感できない。f:id:yasuragisonde:20201225065452j:image

そもそもラクダが大島にいるのも砂漠ありきだからで、昔は裏砂漠でラクダに乗れたという。

穴場からサビているラクダに乗って動物園へ。いいのか悪いのか裏砂漠が素晴らしく、ラクダはそれを越えてこなかった。ラクダにサービス精神だとか激しい感動を求めていないからむしろ期待通りかもしれない。f:id:yasuragisonde:20201225065530j:image それでも入園料は無料だし、綺麗に整備されていて鳥もいる、ゴミ箱もいたるところにある。テロで爆発物を入れられる心配もないからゴミ箱だらけにできる。都市の文法が翻って読める。入園料が無料なのは東京都の財政を鑑みるとおそらく補助金が充分にでているからだと考えられる。

近くの椿園の前の売店でさっぱりしたラーメンを昼ごはんにして、ガソリンスタンド、レンタカー屋、港に着いた。

チケットをとってから船が出港するまで、まだ時間があったので弁当にべっこうずしを買った。駅弁でも高速バスでもそうだけど、買っておいた弁当は乗り物が動き出してから食べる。切り離されてもう手に入らないのが貴重でいいんだろうな。持ち運んだのは港から船までなのに、形は少し崩れていた。

行きよりも帰りの方が早い。体感ではなく実際に早い。大島発なら4時間半、竹芝発は4時間半で到着すると2:30に着いてしまうので8時間かけてゆく。でも日が沈むと行きと変わらない暗さになる。

東京のビル群の灯す無数の明かりが見えてくると、ほんの8時間しかはなれていないのに、懐かしさと怖ろしさが去来した。「上京」がわかるような気がした。予想もしていない何かが来る、期待とプレゼントの乖離。

『天気の子』の主人公の一人、帆高は神津島からさるびあ丸に乗って「上京」する。

来年の1月3日21:00にテレビ朝日系列で放送されるからまた観よう。